大内文化と博多

結納イメージ01 筑紫路に生まれた「大内文化と博多」それは建徳二年 (千三百七十一年) 太宰府大弐大内義隆が九州探題として殷盛を極めた頃に、同じく花ひらいたものです。弊店官内町光安青霞園茶舗本店は、ちょうど当時の大内家の館の跡の一角にあたります。当店は享保元年 (千七百十六年) 創業以来、茶の販売業界の老舗として信用第一にはげんでまいりました。
 筑紫の里千代の松原に近き聖福寺は永治元年栄西禅師の開山です。この栄西禅師が唐より茶の種を持ち帰った和尚です。天正十五年、豊臣秀吉は千代の松原に鎮座する筥崎宮社殿にて千利休、神屋宗湛、津田宗及らとたびたび茶の湯の会を催したといいます。そのとき詠じられた和歌が

「あつき日にこの木のもとにたちよれば波の音する松風ぞ吹く」です。

 このように茶にゆかりの深い土地で茶の販売ができますことを、私どもは誇りに思っております。特に栄西禅師によってひろまった背振山系の八女茶は、他に比類無き稀にみる甘味豊かな香り優れた玉露とかぶせ茶と煎茶があります、私共は特に吟味厳選した八女茶を取扱っております。八女玉露は全国茶業品評会においても最優秀として農林大臣賞を受賞しております。

光安 壮兵衛